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木造のマンション、という言葉に違和感を感じる方もいらっしゃることでしょう。今、脱炭素への取り組みを背景に、中高層建築物の木造化、木質化が進んでいます。その中で実際に建築が始まったのが木造マンションです。木材加工技術の進化に加え、環境問題への意識の高まりや法整備が後押しをする形で普及が始まった木造マンション。
この記事では、その現状や課題を、実例も踏まえて解説します。
目次
2015年に締結されたパリ協定に基づいて、世界各国が2050年のカーボンニュートラル達成を目指す中、日本でも脱炭素への取り組みが進められています。こういった背景の中、中高層建築物の木造化、木質化が温室効果ガスの吸収と削減に繋がるとして、木造マンションの建設が増えてきています。
建築の側面から見た「木造マンション」とは、構造躯体や壁や床などに木材を使用した中高層の居住用建築物をさします。具体的にはCLTやJAS規格に基づいた耐火集成材を用いたり、木造とRC造を組み合わせたハイブリッド構造で建築されたりすることが一般的です。
一方で不動産の側面から見た「木造マンション」は、3階建て以上の賃貸住宅で、劣化対策・耐震・耐火等級で規定条件をクリアしている木造建築物となります。以前は木造の集合住宅では「アパート」という表記しか出来なかったところ、2021年12月に大手不動産会社などが共同で広告等の掲載ルールを改訂しました。
参考:ライフルホームズプレス
木造マンションが増えている理由は、木材が持つ「環境に優しい」特性と木材加工技術の進歩の結果と言えるでしょう。環境問題に関する背景や、新しい加工技術は具体的にはどのようなものなのでしょうか。
2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、2020年「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行され、民間建築物にも木材利用が促進されるようになりました。
森林は温室効果ガスなどの炭素を吸収し、木材となった後も炭素を固定する力があります。中高層の木造建築物は、RC造と比較して炭素固定量が4倍近くにものぼると言われ、建築時の二酸化炭素排出量も削減できるなど、脱炭素実現に向けての効果が期待されています。
参考:林野庁
これまで中高層建築物についてはRC造が一般的だったところに、木材加工技術の向上により、コンクリートと同等の強度や高い性能を持つ製品が開発されたことが、木造マンションの普及を後押ししています。例えば、CLT(クロスラミネーティッドティンバー)はラミナを繊維方向が直交するように積層接着した大判の木質パネルです。
強度が高いだけでなく軽量で工期短縮にも効果を発揮します。また、JAS規格に基づいたJAS構造材は、性能が明確化されているため構造計算や燃えしろ設計にも対応でき、中高層建築への活用が期待されています。
CLTについて詳しく知りたい方は、こちらも参考にしてみてください。
国内に豊富にある森林資源の活用につながる木造マンションの普及には、資源の供給元である林業の活性化や、木材のもつ環境問題への効果において、大きなメリットがあると考えられます。
安定した供給を誇る輸入材の影響や、建築物のRC造化の影響によって、日本における林業の衰退が懸念されています。その中で木造マンションなど大規模な木造建築物が普及することは、木材利用の増加、ひいては林業の活性化につながるという期待が寄せられています。
一方で、現状の生産体制では中・大断面寸法の供給力に懸念が残されています。したがって、これら木材の安定供給には、川上から川下までの連携強化が必要不可欠となるでしょう。また、木材利用の増加に伴う最適なSCM構築が林業の再生を促す重要な要素になるかもしれません。
住宅1戸あたりの材料製造時に発生する二酸化炭素排出量を木造・鉄骨プレハブ造・鉄筋コンクリート造で比較すると、5.1t-c、14.7t-c、21.8t-cとなり、木造が最も低くなります。また、木材のエネルギー利用は大気中の二酸化炭素濃度に干渉しません。このカーボンユートラルな材料で建設が可能という面が大きなメリットといえるでしょう。
参考:林野庁
また、カーボンニュートラルについて詳しく知りたい方は、こちらも参考にしてみてください。
▷カーボンニュートラルとは|日本企業の対策や森林の役割など解説
木造マンション建築には、林業の活性化や木材の持つ環境性能以外にも、木造ならではの優位性があります。それはRC造と比較して圧倒的に軽量であるという点です。では、軽量であることの優位性とはどういうことなのでしょうか。
中高層マンションを木造にする際に活用拡大が見込まれる部材のひとつにCLTパネルがあります。CLTパネルの重量は、鉄筋コンクリートと比較すると5分1という軽さです。これにより、基礎にかかるコストや材料輸送のためのコスト軽減が期待できます。
さらに軽量であることは、地盤を選択する幅が拡げられることも意味します。RC造では深く杭を打つ必要がある場所でも、木造であれば、そこまでの基礎工事を必要とせずに建築可能になる可能性もあります。
また、学校校舎の基礎部材に由来するGHG排出量の削減効果もRC造・鉄骨造・CLT造で比較すると、CLT造が最も低くなる工法であることが明らかとなっています。
木造マンション建築にはメリットが多い一方で、普及に向けて壁となる課題もあげられています。原料の調達から建築現場、法律やユーザーへの取り組みなど各段階でぶつかっている課題について解説します。
木造マンション建築には資材となる木材の調達が必要になってきます。特に構造躯体となる機械等級のJAS構造材については供給できる製材工場は合板工場と比較して十分とは言えない状況です。
一方で、2025年に行われる建築基準法4号特例見直しによって300㎡以上の建築物では構造計算が必要となり、それが契機となってJAS認定製材工場が普及していくかもしれません。そうなれば供給面での課題が払拭できるようになるでしょう。
建築基準法4号特例見直しについて詳しく知りたい方は、こちらを参考にしてみてください。
建築物において木を現しで使うために関連する法令に、建築基準法における「防耐火構造制限」と「内装制限」があります。実際の木造マンションでは、ある一定の耐火性能が必要となり構造部分の木材は石膏ボードで覆われてしまうケースが多いです。そのため、せっかくの木造でも室内で立派な構造材の木の質感を楽しめないといったこともありえるでしょう。
そういった場合には、燃えしろ設計で構造材を現しで使える方法もあります。燃えしろ設計とは、火災時を考慮してあらかじめ構造上必要な寸法で設計するというもので、準耐火建築物であれば現しでの建築が可能となります。
木材の調達面での課題と密接に関わる課題に価格面での競争力があげられます。JAS製材工場が少なく、供給量が安定しないということはその分、コストに反映されます。また、耐火構造の認定を受けるための対策も、コストをあげる要因となるでしょう。
一方で、低層建築物で使われるCLTパネル工法などでは、RC造と比較して工期短縮が可能となり、コスト引き下げに貢献します。調達面での課題解決と合わせて、低層建築物の工法の応用や新しい工法の開発が、価格面での課題解決につながるのではないでしょうか。
木造マンションの普及には、建築を依頼するオーナー側の意欲についても課題が残ります。マンションの建設に積極的に木造を選択することや木造マンションへの投資をおこなうには、合理的な理由が必要となりますが、価格面での競争力や、建築資材供給面での不安定さは、木造での建築を選択肢から外す要因ともなりかねません。
とはいえ、環境問題への貢献度の高さから、木造マンションを選択肢に入れる居住者は増加傾向にあるのも事実です。木造マンション普及は、エンドユーザーの環境意識の盛り上がりによる需要増がポイントとなりそうです。
参考:ライフルホームズプレス
ここからは、実際に完成した木造マンションの実例をご紹介します。それぞれ構造や開発された部材に特徴があり、木造中高層建築の今後の普及において、多くの可能性を持つ実例です。
2018年新潟県中央区に5階建ての賃貸集合住宅「yein ev(イニエ)南笹口」が完成しました。4階以上の建築物は建築基準法に基づき、1階部分を2時間耐火構造とする必要があります。そのため、株式会社シェルターが開発した木質耐火部材「COOL WOOD」を間仕切壁と外壁に利用し、耐火構造の課題をクリアしました。
COOL WOODは荷重支持部となる木材を石膏ボードで覆い、さらにその外側を木材で覆った製品です。外観や手触りには木の温かみを残したまま、石膏ボードで火災時の燃え止まり層を作ることで、2時間耐火性能試験をクリアしました。この製品により14階建てまでの木造建築が可能となっています。
参考:株式会社シェルター
2021年3月に、日本初となる14階建ての木造ハイブリッド高層分譲マンション「プラウド神田駿河台」が完成しました。プラウド神田駿河台は2〜11階に単板積層材とRC造耐震壁を組み合わせた「LVLハイブリッド耐震壁」を、12〜14階にはCLT耐震壁と耐火集成材を使用しています。
耐火集成材は内装部材としての役割もあり、屋内でも木のぬくもりを感じることのできる空間を演出しています。また、国産木材を積極的に使用することで、森林資源や環境問題にも配慮したマンションとなっているのも特徴です。
参考:野村不動産
MOCXION稲城は、東京都稲城市の駅前に建設された5階建ての木造賃貸マンションです。1階部分はRC造で、2階以上が木造となっています。施工した三井ホームによる戸建て住宅の工法である2×4(ツーバイフォー)を応用し、パネル状の構造材を現場に運んで組み立てているため、工期が短いことも大きな特徴です。
MOCXION稲城は、「国土交通省 令和2年度サステナブル建築物等先導事業」に採択されました。木造中層建築物として今後の参考になりやすい、普及性の高い事例と言えるでしょう。
【参考】三井不動産グループ
環境問題への意識の高まりを背景に普及が始まった木造マンションですが、本格的な普及に関しては、調達面やコスト面などで課題を抱えています。一方で、木造マンションへのエンドユーザーの関心は高く、周辺の家賃相場より高い賃料であっても募集1か月で満室となるほどの人気物件もあると言われます。木造マンションの本格的な普及には、主に林業全体の適切なSCM構築による調達面での課題解決と合わせて、エンドユーザーに寄り添った、分かりやすい魅力の提供が必要になるのではないでしょうか。
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