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ここ数年、各業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が拡がりを見せていますが、それは森林経営・林業においても例外ではありません。さまざまなデジタル技術を活用した「スマート林業」とよばれる新しい林業が、従来の林業のあり方にとって変わろうとしています。
ではスマート林業とはどういうものなのでしょうか。この記事ではスマート林業の現状や課題について、実例を含めて解説します。
スマート林業とは、ICTやロボットなどの新しい技術を活用することで森林管理や林業の省力化、経営の効率化などを図る林業を意味します。森林クラウドによる森林資源の一元管理や、新しい林業機械の導入を中心に普及が進むことで、安全面やコスト面などさまざま側面での効率化に大きな期待が寄せられています。
森林クラウドとは、これまで個別に収集・管理していた森林情報を、一元的にクラウド上で管理するシステムのことです。地理情報を元にしたGISの機能も持っているため、位置に関する空間データとあわせて、高度な分析や迅速な判断につなげることを目的としています。
森林クラウド導入の主なメリットは、行政や事業体が個別に管理するのと比較した際の開発コストの低減や、情報共有の容易さなどにあります。
参考:林野庁
広大な森林を調査するには大きなコストがかかります。そこで現在、スマート林業の中で大きなウェイトをしめているのがレーザ計測による情報の収集です。レーザ計測とは、レーザ光を照射して、反射して戻ってくる時間差によって地形を調べる測量方法です。
広い範囲を調べたい場合は航空機、狭い場所やきめ細かい場所を調べるには自動車や歩行者がレーザ測距装置を携行します。スマート林業では、低空から詳細な調査が可能なドローンが採用され、特に人間では近づけない危険な場所などで活躍しています。
参考:Drone-Biz
スマート林業の現場では林野庁「スマート林業構築推進事業」の支援を受け、航空レーザ計測などリモートセンシング技術を活用した精度の高い森林情報の取得と、クラウド技術などによる情報を共有化をメインに、川上から川下までの情報の共有と活用を実践的におこなう取り組みが始まったところと言えます。
低コストで効率的な林業経営を実現するとともに、需給マッチングの円滑化による最適な木材SCMの構築に大きな期待が寄せられています。
参考:林野庁
林野庁の支援事業の中に「スマート機器」の導入も含まれているように、スマート林業の推進には対応できる機械の導入が欠かせないものでしょう。ここでは、代表的なスマート機器について解説します。
ドローンは小回りがきくため、位置情報のほかにも、胸高直径や樹高、曲がりなどまで計測できます。林内の立木の状況を詳細に数値化できれば、在庫管理ができるのと同等の意味を持ちます。それは需要に応じた生産体制の確立や、迅速な伐採、製材時の無駄を省くことにもつながり、輸送も含めたコスト削減を可能にするのです。
また、ドローンは広大な森林調査も短時間でおこなえるうえ、運搬にも活用できるため、労働環境の改善にも効果が期待されます。
参考:Drone-Biz
スタンフォードは、生産管理者と林業機械の間でやりとりをするためのデータ形式です。スウェーデンの森林研究所が中心となって作られたもので、現在、欧州を中心とする多くの林業機械メーカーが、StanForD 2010に準拠した林業機械を生産しています。
生産管理者が林業機械にデータを送ることによって、オペレータの経験値に関わらず需要にあった造材が可能となり、人材不足の解決策としても普及が期待されます。
参考:森利誌32
森林クラウドやスマート機器の導入によって実践的な取り組みが進むスマート林業は、現在、どのような状況なのでしょうか。実践の中で見えてきた課題についても解説します。
森林資源の供給元である川上での取り組みは、主に森林資源の蓄積とその活用です。ドローンを始めとした航空レーザ計測が進んだことにより森林資源データの蓄積は進んでいますが、さらに川中への安定供給につなげるために、山土場にある材積データの取得も必要となるでしょう。
一方で、そのデータを扱う人材は不足しており、その育成が今後の課題となっています。
生産段階では「生産管理」に注力した条件整備が進捗中です。川上で取得した森林資源データの活用で生産から配送までの計画を立てることができれば、生産現場での効率化に繋がります。
また、データ形式を揃えた「ICT林業生産管理システム標準仕様書」の作成も進行しており、さまざまなアプリやシステム開発の支援につながることが期待されています。
参考:林野庁
流通段階では、需要情報を生産者に伝えるためのICTの普及が主な取り組み内容です。効率的な木材SCMを構築するためには、森林資源→生産・在庫・流通→需要のすべてを可視化するICTの普及が大きな課題となります。
生産段階の森林資源・材積データと流通段階での需要が共有されれば、全体のコスト削減と効率化へとつながるでしょう。
それでは、スマート林業の推進のためにおこなわれている補助事業にはどのようなものがあるのでしょうか。林野庁では公募による「スマート林業実践対策」と、全国展開に向けた導入支援事業の2つの側面からの支援をおこなっています。
林野庁では平成30年から「林業イノベーション推進総合対策のうち革新的林業実践対策のうちスマート林業実践対策」の事業実施主体を公募しました。12の地域に対して支援をおこないながら4つのテーマに沿った技術実証を実施し、その成果を横展開していくことを目指しています。技術実証をおこなっているテーマは以下の通りです。
参考:林野庁
ICT活用したスマート林業導入や森林施業の効率化、低コストの造林モデルの導入を目的とした林野庁の支援内容は、以下の4タイプがあります。
参考:林野庁
それでは、林野庁で公募したスマート林業実践対策への取り組み事例がどのようにおこなわれているのか、いくつかの自治体の事例をご紹介します。
石川県ではコマツと連携し、ICTの活用により森林資源情報や需給情報を可視化することで、川上から川下まで地域全体で「繋がる林業」の実現を目指しています。
具体的には、森林資源データを使った山主に対する収支提案や、森林管理者が川中の需要情報を把握して生産情報を割り当てる需給マッチングシステムの導入などがあげられます。この結果として、作業労務は30〜40%の削減、流通コストは40%程度の削減効果が見られました。
参考:
全国4位の森林資源を有する長野県では、大多数の林業事業体でICT技術の活用に遅れが見られるなど、課題を抱えています。スマート林業実践対策を活用することで、まずは詳細な森林情報の取得と効果的な活用、ならびに木材生産情報の把握と情報共有システムの構築で課題解決を目指しています。
信州大学の技術的な協力もあり、森林資源量の正確な把握をした結果、森林管理や調査にかかる労務低減や計画の精度向上にもつながりました。また、現場ごとの在庫状況も分かるため、輸送コストの低減にも効果があがっています。
参考:長野地域協議会
愛知県では名古屋を初めとした大きな消費地があり、三河地区などの森林が近接している一方で、木材価格の低迷に伴う森林所有者の意欲低下などが課題となっていました。スマート林業を推進することで、林業を持続的に成長する産業とすることを目指した取り組みをおこなっています。
新たに設立された「あいちのICT林業活性化構想」では、ICTを活用した効率化・省力化の実践と木材需給マッチングシステムの構築で、川上から川中までのそれぞれの関係者が利益を享受できる仕組み作りをしている点が特徴です。
参考:愛知地域協議会
全国1位の森林資源を誇る北海道では森林資源の活用と保全が重要課題です。北海道ではスマート林業実践対策への取り組みを通じて、川上から川下までの生産・流通システムの効率化と需給マッチングの円滑化を目指し、北海造型スマート林業「EZOモデル」の確立に向けて動いています。
主な取り組みはICT林業機械による最適な採木やICT機器によるデータ収集です。「EZOモデル」では、生産性の向上と共に、林業を魅力ある職場とすることで、人材の確保と育成を進めている点も大きな特徴と言えるでしょう。
スマート林業の普及において欠かせないのは、それぞれの現場に合わせた新しい技術です。システムやアプリ、林業機械など、これからの林業を支える新しい技術のいくつかをご紹介しましょう。
株式会社パスコでは2016年、森林GISクラウドサービス「PasCAL 森林」の提供を開始しました。「PasCAL 森林」は、各県で開発された個別の森林マネジメントシステムから必要な共通機能を絞って全国標準のクラウドサービスとした点に特徴があります。また、運用に応じてライセンス数を最適化できることで、システム導入の工期短縮と運用、導入のコスト削減に効果が期待できます。
参考:株式会社パスコ
住友林業では、急傾斜や不整地での移動や造林作業軽減のための林業用アシストスーツを開発しました。アシストスーツは下肢支援型で、モーターを駆動して股関節と膝関節に必要なトルクをかけることにより歩行の補助と荷物の重量による負担を軽減します。
実証実験の結果、軽量スリム化と安全性の向上、防塵防水性能、稼働時間の向上などの技術改良をおこなうとともに、コストダウンをした上で令和7年度の実用化を目指しています。
株式会社マゼックスは、苗木や資材の運搬の効率化と省力化に効果を発揮する運搬用ドローンを販売しています。林業用ウインチ運搬型の「森飛-morito-」は、瞬間過重60kgにも耐える強靱で耐久性の高いフレームを使用し、安全性を確保しながら広範囲での作業も効率良く進められます。
またオペレーション型の「森飛2-morito-」では、人が歩けば80分かかる山道を5分で移動でき、1度に15kgまで運搬できる性能を備えています。
参考:株式会社マゼックス
林業の作業現場でチェーンソー伐木作業に伴う労働災害が多いことを受けて、株式会社森林環境リアライズでは、VRによる3次元空間での体験シュミレーターを開発しています。座学では体験できない災害事例を体験することで、伐木現場での労働災害を減らすことが目的です。
コンテンツには伐木技術教育のVRシステムも含まれ、学んだ技術は数値で評価されるため技術の習熟度も確認できるようになっています。
実践的な対策を経て、積極的に縦横展開を図るスマート林業は、クラウド技術や林業機械の開発により従来の林業のあり方に大きな変化をもたらしています。ドローンによる調査で森林資源のデータが効率良く正確に蓄積できることで、需要に応じた生産体制を確立することが可能です。
また、川中、川下との情報共有も可能になるので、木材SCMの最適化にも効果を発揮します。今後も新しい技術やシステムの開発により、さらなる省力化と効率化、安全面の向上が進むことで人材不足という課題にも効果を発揮することでしょう。スマート林業の普及は林業全体の活性化に繋がる大きな可能性を秘めているのです。
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