
商品紹介
2025.3.29
2050年のカーボンニュートラル達成に向け、世界各国でさまざまな取り組みが進められる中、化石資源由来のプラスチックに代わるバイオマス由来の新素材の活用が求められています。
中でも、植物の細胞壁を構成する主要成分である「リグニン」から製造された「改質リグニン」は、日本のスギを原料とする新素材です。
熱に強く、加工しやすい環境配慮型の素材として、今後の活用が期待されています。
本記事では、リグニンの特徴や「改質リグニン」の開発、今後の展望について解説します。
目次
「リグニン」とは、植物の細胞壁を構成する主要成分の一つです。ラテン語で「木材」を意味する「lignum」に由来し、「木質素」とも呼ばれます。
木材に含まれる成分のうち、リグニンは全体の約20〜35%を占めます。
リグニンを原料とする材料は、高強度・高耐熱性といった性質を持つことが特長です。
バイオマス由来のリグニンは、環境に優しい新素材として研究が進められており、今後の活用が期待されています。
ここでは、リグニンの基本的な特徴を次の3つの切り口から解説します。
それぞれの特徴について、詳しく見ていきましょう。
植物の細胞壁を形成する主要な化合物は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つです。
中でもセルロースは全体の40%程度を占め、残りはヘミセルロースとリグニンで構成されています。
これら3つの主要成分は、それぞれ異なる役割を担っています。
リグニンは、セルロースやヘミセルロースをつなぎ合わせて木材全体を強固にする、いわば接着剤のような役割を果たしています。
植物の細胞壁は鉄筋コンクリートに例えられることがあり、セルロースは鉄骨、ヘミセルロースは針金、リグニンはコンクリートに相当すると言われています。
リグニンの分子構造は非常に複雑で、主に「芳香環」と呼ばれる六角形の構造が複数結合して構成されています。
芳香環は他の分子に比べて化学的に安定しているため、リグニンは高い耐熱性と力学的強度を持ちます。
リグニンに含まれる芳香環は主に3種類で、さまざまな結合を通じて相互に連なっています。
この構造的な多様性により、不均一かつ複雑な特徴が生じるのがリグニンの大きな特長です。
一般に、針葉樹、広葉樹、草本類の順で構造の不均一性が高まります。加えて、植物の種類や部位、生育環境などの違いによっても、リグニンの構造は異なってきます。
リグニンは樹種や部位によって組成や構造が異なるため、品質の管理が難しく、均質な工業製品として利用するのは困難と考えられてきました。
また、紙の原料であるパルプを木材から製造するには、薬品でヘミセルロースとリグニンを除去し、セルロースの純度を高める必要があります。
この工程では、薬品で木材を煮ることでリグニンが溶解し、木材繊維が分離します。
溶け出したリグニンを含む液体は「黒液」と呼ばれますが、そのままでは溶解性や加工性が低く、扱いにくい状態です。
そのため、製紙工程においてリグニンは副生成物とされ、有効活用が課題となってきました。
これまでリグニンは、成分として高いポテンシャルを持ちながら、その利活用や工業製品化が課題とされてきました。
ただ、スギを原料とする「改質リグニン」の登場により、状況は変わりつつあります。
ここからは、スギ由来の新素材「改質リグニン」の詳細について解説していきます。
「改質リグニン」は、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下、森林総合研究所)の山田竜彦氏らの研究グループが、スギを原料に開発した新素材です。
山田氏らは、さまざまな樹木のリグニン構造を分析した結果、日本を代表する針葉樹であるスギに含まれるリグニンが比較的均一で構造のばらつきが少ないことに着目しました。
改質リグニンは、「ポリエチレングリコール(PEG)」と呼ばれる薬剤を用いてスギから抽出されます。
PEGは化粧品にも使用される安全性の高い物質で、リグニンとの親和性に優れ、加工性を高める効果があります。
山田氏らは、PEGとの相互作用を利用して、リグニンが高い加工性をもつように改質しながら抽出する、日本独自の新技術を開発しました。
このようにして改質されたリグニンは、「PEG改質リグニン」と呼ばれ、略して「改質リグニン」とされています。
参考:暮らしと地域を豊かに!植物由来の「新素材の研究の最前線|農林水産省
改質リグニンは、結合するPEGの長さを調整することで、その性質をコントロールすることが可能です。
PEGの作用により、製品化の際の加工性に優れ、工業材料として扱いやすい素材となっています。
また、高い耐熱性を持ち、熱による加工が可能で、自由に形を変えることが可能です。
さらに、生分解性を備えており、環境に優しい素材でもあります。
改質リグニンは、電子基板などの電子部品をはじめ、車のボンネットや内装素材、カーボン繊維強化剤、さらにはスピーカーの振動板など、さまざまな用途への展開が期待されています。
石油資源由来のプラスチックに替わる、バイオマス由来の新素材として、活用が期待される改質リグニン。
ここでは、改質リグニンの社会実装に向けた今後の展開と課題を、次の4つの視点から解説します。
改質リグニンの事業化に向けて、2019年にスタートアップ企業「株式会社リグノマテリア」(東京・新宿)が設立されました。
リグノマテリア、森林総合研究所、東京工業大学などからなる事業共同体は、2021年6月、林野庁の補助事業のもとで、改質リグニンを製造する実証プラントの竣工を発表しました。
実証プラントは茨城県常陸太田市に建設され、改質リグニンの安定生産を実証する世界初の施設です。
ここでは、生産技術の効率化を進めるとともに、改質リグニンの試験生産を行います。年間100トンの改質リグニンの製造が可能で、用途開発に取り組むメーカーへの試験販売も開始されました。
改質リグニンの社会実装に向けては、安定供給の確立と製造工程のさらなる低コスト化が求められます。
製造に必要な薬品や水の使用量削減に加え、製造工程の自動化など効率的な生産方式を導入し、大規模製造技術の確立を目指します。
林野庁は、2024年から今後5年間を目処に、実証実験の横展開を進める方針です。
参考:「改質リグニンの今後の展開に向けた勉強会」とりまとめ|林野庁
改質リグニンが競争優位性を確立するには、既存の樹脂などとの単なる価格競争に陥らないことが重要です。
つまり、既存の素材と同等以上の性能を備えるだけでなく、高い環境適合性を活かした用途開発を進める必要があります。
改質リグニンは、自動車・運輸分野に加え、電機・電子部品分野などでも大きな需要が見込まれます。今後は試作品の製造を進めるとともに、それを用いた用途開発にも取り組んでいく方針です。
参考:「改質リグニンの今後の展開に向けた勉強会」とりまとめ|林野庁
将来的に改質リグニンを持続的に製造し、全国へ展開していくためには、各地域の関係者が連携し、安定した原料調達体制を構築することが重要です。
林野庁は今後、長期的な原料供給計画やサプライチェーンの構築に向け、地域関係者との合意形成を進めるとともに、工場立地の選定や事業性評価を推進していく方針です。
植物の細胞壁を構成する主要成分であるリグニンは、材料として高い機能を持つものの、構造のばらつきなどの課題により、これまで工業材料としての利用が困難とされてきました。しかし、日本由来のスギを原料とする「改質リグニン」の開発により、熱に強く加工しやすい新素材としての活用が期待されています。
さらに、原料だけでなく製造技術そのものも日本独自のものであるため、木材の有効活用や地域経済への貢献にもつながると考えられます。低コスト化や製造技術の確立といった課題はあるものの、社会実装に向けた今後の展開が注目されます。
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